一切なりゆき5

「逃げたってがんは追いかけてくるんだから、やっつけようとすれば、自分の体もへばっちゃう。だから逃げることもせず、やっつけもできないからそのまんまいるっていう感じです。」

希林さんはこのようにがんを捉えている。あたふたしても仕方ない、なるように身を任せる、あるがままを受け入れる。

口で言うのは簡単だけど、それって一番難しいことじゃない?それができなくてみんな苦しんでるんじゃない、そう思われる方も多数いると思う。

実際に私とて、人に言うのは簡単なのにいざ自分のこととなるとそうそう考え方や習慣を手放すことは出来なかった。なにせ体に関わることを生業にしておきながら癌にかかるなんて、家族や親せきでがんで亡くなったのを見てきたので癌にだけはならないようにと気を付けていたのに、自分の癖を知れば病気の傾向もわかり大事にまでは至らないと言ってきたのに。頭の中は堂々巡りで自ら穴の中にはまっていった。

ミイラ取りがミイラになるなんて、と愕然としてしばらく一人で泣いていたのだから闇は深かった。

しかし、矢もつき刀も折れてもはやこれまでとなった時、これはこれで良いやと初めて思えた。病室には毎日妻が来てくれていたし、看護師さんもみな親切にしてくれる。電話で涙してくれる人も何人かいる。「あんたこんなに心配してもらえるなんて幸せだよ」と妻に言われた時に、それもそうだなってその時心底そう感じた。

「仕方ないけどこれはこれで良い」そう思うと気が晴れた。そうか、自分の力で何とかしようとするのが間違いなんだ、頼ればいいんだ。楽になると答えは向こうからやって来る。

掴めば沈む離せば浮かぶとはまさにこのことか、こうしたギリギリのやり取りを経験できたことは今にして思えば宝物。

そう云えば小学生の頃、二つのほとんどそっくりの絵の中から間違い探しをするゲームをよくした。わかってしまえばなんてことないのに、わかるまでは悪戦苦闘する。これによく似てるように思える。

得意な奴は冷静であまり先入観がなかった。対抗意識の強い奴はいつまでも見つけられない、自分も含めて。

人と比べなければ良いんじゃん、そうすれば力が抜けて楽になる。

そして何も考えずに、思い浮かぶままに文章に綴ることが実に楽しい。楽しいと思えることをしていれば何とかなる。

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