性とは?

オスとメスというのはどうして生まれたのか、これは私たちは生きる上で深い問題の一つではないか。四十代半ばのころ、手技を勉強し始めた女性に「先生はどうして手技を始められましたか、何のためにやっているのですか」と尋ねられたことがある。何度か会ったぐらいで気心が知れているという感じでもない。どうして俺にそんなことを聞くのかと疑問に思った。直ぐにそれを察したと見えて彼女は「いろんな先生に聞いてみたんですけど、何のためにしているのか誰も答えてくれないんです」と、気持ちのこもった言葉が発せられた。

こういうのって胸の奥にジーんと届く。これは適当なことは言えない、逃げる余地はない。そう感じ「自分は手技を通して言葉に表せない思いを指を通して受け取ることが面白くてやっています。そうすると、自分なりに人間とは何かが掴めるように思います、あくまでも私なりに。そして、自分がどうして生まれてきて、何のために生きているのかがわかるのではないか。そう思うからやっています」かなり照れ臭かったけどそう答えたのを覚えている。

人間とは何か、これを考える上で性とは何かは、必ず通らねばならない関所のようなもの。

若いころは「なんでこうも寝ても覚めても女のことばかり考えているんだろう。このエネルギーの十分の一でも他のことに当てられたら俺の人生はずうっと良くなるんだろうな」視界が性欲で曇ってクリアーに世間が見えないのが口惜してならなかった。

もうすぐ5年になるが、抗がん剤治療を受けた時にこの性欲が全くなくなったことに驚かされた。20代の綺麗な看護士が、入浴できないので自分の陰部をきれいにしてくれた時ですら、申し訳ないとは思ったが欲情は空っぽで笑ってしまうぐらいであった。

しかしながら、そのぶん頭の中はクリアーになった。今まで気が付かないことが目に留まるようになりだした。病気になるのも悪いことばかりではない。

そうして、約半年間の治療が終了し緩解してからもうすぐ4年となる。体力も回復し、今までのどの時期よりも体調が良い。忘れていた感覚が蘇ってくる、性欲もそれなりに湧いてくる。

不思議なことに、体で感じることがすぐさま頭を占拠する欲情というものではなく、両者の間に緩衝地帯のようなものがあり、波を穏やかにしてくれる。

性とはどんなものか。

若い時はこいつに占拠されて心の自由を奪われていた。何につけてもちょっかいを出してくる、これを抑え込むのに必死であった。20代半ば駆け出しのころ色々なことを教えてくれた内科医が「きれいな女性を見ても立たなくなったら一人前だ」と、何度となく言っていた。教官の命令を忠実に守ろうと努力した。

病気になって完全に消失してしまったかに思えた。厄介なものから解放されたようにも感じたが、どこか寂しくもあり、よく昔のことを思い出した。

また、じわじわとではあるが感じだすと仲良く付き合えるような気がして面白い。昔のことも思い出さなくなる。

心を前に向かせるのも性欲であり、惑わすのも性欲であろうことがわかる。

要は毒も薬も同じもので、さじ加減でどちらにでも転ぶ。私にはそう思える。

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