雨上がり

朝の7時過ぎから雨が降り出した。時間とともに気温が下がり昼ぐらいには昨日の温かさが嘘のようになった。そんな雨も午後の3時ぐらいに止むと空は真っ青に晴れ渡った。これも昨日の春霞の薄ぼんやりしたものとは大違い。

夕方、散歩に出た。家から1キロほど行くと小高いところに自転車競技場がある。そのちょっと先からは甲府盆地が一望できる。南アルプスの峰々の上に覆いかぶさるように雲が連なり八ヶ岳にまで及ぶ。それはまるで巨大な龍が舞い降りたかのよう、だが盆地の中は雲一つない。

これはいつもの現象であるのに心打たれるのは年を重ねたせいかもしれない。高校生のころも周囲の山々を毎日見ていたがを何も感じたことなどなかった。家に帰って勉強するべきかドリフを見ようか迷うぐらいの脳みそしかなかった。

毎日面白いことはないかと学校に通っていた。学校は好きだが勉強は嫌い。

それはエリートと呼ばれる人々とは住む世界が違うのも無理からぬこと。だが、賢くないのも別に悪いことばかりではない。この間ある方の動画を見ていて知ったのだが、このエリートと呼ばれる人々には青春時代を犠牲にしたというコンプレックスが年を取ってからも消えないらしい。

「昨晩のドリフがどうのこうのとか、どっちの女の子が好みか」か、友達と話すことと云えばいつもこの程度のこと。

しかし、こうしたものが欠落していると心のどこかに隙間があり、ここに冷たい風が吹き込むらしい。隙間を埋めるために変なことをすることになる。そうしたことがそのうち次々と明るみに出るかもしれない。

あの頃もう少し勉強していたら今とは違った人生が待っていたかもなんて思う必要は全くない。しょせん無理な話で、机に向かおうが妄想が勝手に次々に浮かんでくるのを止めることは不可能。今考えてみると動物と同じではないか、そうしてみるとやっと最近人間に昇格したのかもしれない。良いじゃん、幸せずら!進歩したのだから。現状に満足することが幸せの出発点のような気がする。

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