素粒子のことを知ったのは、田口ランディさんの小説「マージナル」の中の一節にシュデリンガーの猫の話が出てきたことから。
素粒子というのは物質の最小単位で、クォーク・レプトン・電子からなりその種類は現在確認されているのは17個あるらしい。
シュデリンガーとはオーストリアの理論物理学者、この人が考案した実験によると、毒ガスが発生する装置とともに猫を箱の中に入れる。
この箱は放射性原子が自然崩壊することで毒ガスが発生し、それによって猫が死ぬという仕組みらしい。
まぁ、毒ガスを吸えば死ぬであろうことは想像がつく。ここでミソなのは、原子が崩壊するのは量子力学的プログラムなので一定ではなく、したがって猫がいつ死ぬのかも一定ではない。
これもそうかもしれないとしか言えない。だいいち量子力学的プログラムとはなんのこっちゃ?今のように直ぐに検索して調べるすべを知らなかった。
その時は、いちいち素粒子から調べていたのでは本のページが進まないのでとりあえず読み進めることにした。
人間が観測するまで波の収縮が起こらないとすれば、観測前は生きている猫と死んでいる猫が半分半分で共存することになり、これは奇妙だとシュデリンガー氏は考えたらしい。
考えるまでもないことではないか、と突っ込みを入れてやりたい気分であった。
波というのは素粒子の動きを表したもので、基本的に素粒子は振動する、これが3次元の世界においては波になるらしい。波とは振動によりもたらされるものであることをこの時に知った。
半分生きてて半分死んでるなんて奇妙に決まってる。この一節を読んだ時にはそう思った。というか、読んでて頭がおかしくなりそうな気がした。しかし、面白いので物語の中に引き込まれていった。
素粒子というのは、人間が意識を向けると振る舞いが変わるらしい。自分が意識を向けてそれを見ていない時にそれが本当に存在するかどうかは誰もわからない。
振る舞いとは振動であり、振動は回転になり回転が波を作りやがて渦になり螺旋を描く。空でも海でもエネルギーが動く軌跡は同じものであるから何となくわかる。
そうだ、たしかに人間の細胞もそこに意識を向けると活動が活性化する。例えば「あなたの鼻筋はとてもきれいですね」と、ある人に言ったとする。その人は自分の顔はそうあるのが当たり前だと思っているので、思ってもみなかったことにちょっと驚く。
そうなんだ、と思い直しあらためて鼻筋に意識を向けるとその線は輝きを放つ。
あの人は最近なぜか綺麗になった、なんていうのはこうした意識の変化によりもたらされる面もある。反対に意識を向けずに避けているところが悪くなるという面もある。
細胞はタンパク質から構成され、タンパク質はアミノ酸から構成される。これを辿っていくと原子に行き、そこから原子核へ、最終的には素粒子へとたどり着く。
この流れからすると、素粒子が意識によって振る舞いが変わることも、半分生きてて半分死んでるという奇妙な理屈が成り立つのもまんざら嘘という話ではないことになるのかもしれない。
今もってわかるようなわからないような話である。でもこのミクロの世界は面白そうな気がする。