土日は冷たい冬の雨が乾燥した大地に吸い込まれていく。するとそれまではキャメルのような乾いた土色をしていたのにうっすらと緑がドット柄のように目を出してきた。
待っていたんだろうなこの時を、一斉にこれに合わせて生命活動を繰り広げる。
もう少しすれば草たちの成長に手を焼くのに今は敵ながらあっぱれという感じでいる。
草といえば葡萄の無農薬栽培をする知り合いは畑の草を根こそぎ刈るということはしない。ひざ丈ぐらいまで伸びるのを待って土から出ているところを刈る。根はそのままにしておく、そうすると刈った部分は葡萄の栄養になるので肥料は与えない。
合理的な考え方であるがこれを実行するには忍耐が必要、草一本も残さないという意気込みで根こそぎ草を駆除する畑はきれいに見える。ぶどう棚の緑だけが際立っているから。一方草を刈らない畑は草むらのような様相を呈している。一瞬葡萄畑かと訝ってしまう。先ずはこの状態を受け入れるところから始まる。
収穫時でも草をかき分けるようにして入っていかなければならない。しかも収穫しているさなか容赦なく蚊の餌食になる。
痒くて軽く発狂しそうになる。
こうした恩恵として濃厚で複雑な奥深い味がするものが出来上がる。ただ甘いだけのものとは次元の違う世界が口の中で広がる。この葡萄から作るワインはさらに素晴らしい世界へ誘ってくれる。
考えてみると治療も体の奥深くに眠っている生命力を引き出すためには痛みや熱、汗といったかたちで隠れていたものを一掃しなければ手にすることは出来ない。
何かを手にするにはそれと等分の対価を支払わなければならないと、村上春樹氏が小説の中で言っていたが本当にそうであると思う。
それと今日の収穫はマーティン・ハーケンスというオランダ人の歌手の動画を見つけたこと。この人が路上でアベマリアを歌う、柔らかく伸びる歌声に道行く人は老若男女を問わず魅了されている。涙ぐんでいる熟女もいれば歓喜した表情を浮かべる若い女性もいる。
3歳ぐらいの女の子がこの人が路上に置いた帽子の中にコインを入れる姿が何とも愛おしい。
こんな動画に出合ったことは実に幸せなことだと今日の収穫に満足した。