土壇場で見えるもの

今日も昨日に引き続き穏やかな日和になるという予報、そうは言っても朝晩の冷え込みは厳しく雪はほぼ消えたものの霜で地面は白くなっている。朝の六時過ぎだとまだ日の出前の薄暗さで雪の白なのか霜の白なのかよくわからない。

六時半のラジオ体操が終わるぐらいになるとこれは霜だったんだと胸をなでおろす。

もう雪は結構、ほんの2.3センチ振ったぐらいで何をぬかすとお叱りを受けるかもしれないけど、気温は下がるので路面の凍結する恐れがある。正直転びたくない、学生のころ坂道を下る途中足を滑らせ2,3メートルダイブしてしこたま尾てい骨を打った記憶がいまだに消えない。雪国育ちの友人に「雪道でそんな歩き方をしたらあかん」と忠告も受けた、思わず彼は笑いがこぼれたのを見逃さなかった。

八時半を過ぎるとお日様が顔を出してくれるのでこれで大丈夫とホッと一息つく。

八月は何もここまで照らなくてもいいじゃないですかとこぼしたくなるのに、12月、1月は、熱烈歓迎と手のひらを平気で返す。人間はやはりご都合主義なものなのか。

ラジオのニュースを聞いていると梅さんが頭目になるのが正式に決まったかのように報道している。C国を敵視するのは良くないと北国の大学教授は言う。

朝のコーヒーの味が落ちる、味覚は気分に驚くほど左右する。香りを楽しめる年になったと喜んでいたのに一瞬で蜘蛛の子を散らすように消えて行ってしまった。

以前、梅さんが演説する舞台上に花束を贈呈するために二人の10歳にも満たない少女が登場した。彼はその二人の頭をなでようと顔を近づけると彼女たちはけげんな表情を浮かべた。

梅さんは笑顔を作っていたが目は笑っていない、こめかみには血管が浮き出ている。

少女は先入観を挟まず直感的に何かを感じとったのであろう、明らかに腰が引けていた。

人は積極的になるとき軸足を前に出し、しかも軸足の指先に体重を乗せる。よく言われる前のめりの姿勢です。

これに対して消極的な場合は軸足を後ろに引き踵に体重を乗せる、いつでもターンして退却できるように。彼女たちの踵に力が入ったことを示すようにアキレス腱がくっきりと顔を覗かしていた。

野口春哉氏は著書の中で、相手を信用するかしないかの判断基準として子供や動物に好かれるか否かに重きを置いているという行がったのを思い出す。

対照的に寅さんが子供たちに囲まれている映像を見ると彼らはみんな笑っている。寅さんの目も笑っている。

恥ずかしながらこんな人になりたいと思った。政治家になりたいでも偉大な業績を成し遂げたいのでもなく、子供たちが笑ってくれる人になりたい。

5年前にリンパ腫を患い約半年間入退院を繰り返していた時、マンションの真上の階に住んでいた小学生の男の子が路上で私を見つけると心配そうな表情を浮かべ見守ってくれた。

「ありがとう」と礼をいうと満面の笑みを浮かべ頷いてくれた。嬉しくて涙が出た、生きていてよかったと心底思った。

子供たちを味方につけられる人は強い、土壇場で本領を発揮すると信じている。

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